顕現ノ手

神龍陶芸画家/龍緋庵主 川口緋呂(Hiro Kawaguchi)

此は、何者か?
運命の伏線 ── 緋き炎と、玄き漆
■ 予言された名

その名は、偶然ではなく「予言」であったのかもしれない。
「緋呂(ひろ)」。
ある夜、夢枕で署名したその文字を、彼女は雅号と定めた。

当時、彼女はその深意を知る由もない。
滅多に見ることがない夢という非日常に、メッセージ性を読み取っただけのことだった。

和の色名に「緋色」は知っていた。
陶芸でしばしば用いられる色名とも、知ってはいた。

だが、還暦を迎えた時、すべての点が線となり、一つの真実が浮かび上がる。

「呂」とは、漆(うるし)の最高峰・鏡面仕上げの深く艶やかな黒。
それを指す色名として、存在していたのだった。

「緋」が、土に宿る命の色。
「呂」は、威厳と静寂をたたえた植物の結晶の色。

陶の強さと、漆の優美さ。
相反する二つの力を融合させ、この世に「龍」を顕現させること。
それが、天から授かった名の本当の意味であったのだ。

■ 雌伏の時、そして龍の目覚め

1965年、名古屋生まれ。
幼少より創作の世界に身を置いた彼女だったが、1995年頃、筆を置く。
それから14年間、彼女の創造の源は塞がったままだった。

しかし、それは単なる空期間ではない。
自身の器を一度「空(くう)」にし、深淵なるエネルギーを蓄えるための、長く深い「雌伏(しふく)の時」であった。

訪れた、2009年、北の玄武が守護する時節。
かつての画風とは異なる、見えぬ存在からの呼び声が、手から溢れた。

描かれる対象は、天使から日本の神々へ。
そして、眠っていた「龍」が目を覚ます。

もはや平面のキャンバスだけでは、受け止められない。

2015年、土と炎の世界 ── 陶芸へと表現の場を広げる。

天を駆ける龍の「気」を、大地の「土」へと封じ込める。
独自の表現手法模索の旅のはじまりであった。

■ 越前の山居、神々の座

2020年3月。
世界が未曾有の変革を迎える直前、彼女は福井県越前町の山奥へと移住する。

豪雪で知られる地でありながら、その冬に限って雪が降らず、まるで龍が道を拓いたかのように全てがスムーズに流れた。

そこは、数々の龍伝説が息づき、漆喰と欅(けやき)の古民家が静かに佇む「神々の座」。
霧深い山居での暮らしは、彼女に新たな出会いをもたらした。

越前の風土が育んだ伝統工芸、そして海外で「JAPAN」と称される漆(うるし)の美学。

2025年、金継ぎを経て蒔絵の師と出会った時、最後のピースが埋まった。

「緋」の陶器に、「呂」の漆を重ねる。
長きにわたる模索の旅を経て、彼女は手にしたのである。
「陶磁胎漆器(とうじたいしっき)」への挑戦権を。
新たな旅路のはじまりだ。

■ 現代の護符として

庵より生み出されるその作品は、単なる装飾品ではない。

持ち主の魂の種火を呼び覚まし、大いなる流れへと導くための道標。
「現代の護符(タリスマン)」

60歳にして辿り着いた、真のスタートライン。
玄(くろ)き静寂を破り、緋(あか)き龍を喚(よ)ぶ。
緋呂の物語が、ここから伝説へと変わるかもしれない。

あなたは、その目撃者となるだろう。

Artist Statement: 顕現する祈り

【 創造は、祈り 】
■ 顕現ノ手

私にとって、創ることと祈ることは同義である。
この手は、私個人の所有物ではない。
目には見えぬ世界──気配、予感、あるいは神域のエネルギー──を、
物質という質量のある世界へと位相転換させ、定着させるための「管(くだ)」に過ぎない。
見えないものを、見える形へ。
「顕現(けんげん)」こそが、この手に課せられた使命である。

■ 古層と未来の結び目

墨を擦り、土を練り、漆を磨ぐ。
その行為は、縄文、あるいはそれ以前の太古より、人類が繰り返してきた営みそのものである。
二千年前の筆致をも鮮明に伝える「墨」
大地の記憶を宿す「土」
生命の循環を象徴する「樹液(漆)」
これらの根源的な素材を用い、太古の記憶を現代に呼び覚ますこと。
そして、その強靭な美しさを、遥か未来へと継承すること。
私の作品は、過去と未来を結ぶ結び目(ノット)でありたいと願う。

■ 泰平への願い

なぜ、創るのか。
それは、世が泰平(たいへい)であれという、切なる願いをカタチにするためだ。
混沌とした時代において、作品は静寂な祈りの塔となる。
土と漆が織りなす「緋」と「呂」の調和が、
見る者の心に平穏をもたらし、その魂を本来の場所へと還す。
其れらが在る場所が、安らかなる聖域となることを信じて。

川口緋呂/顕現ノ手

展示・寄稿(一部抜粋で掲載)

2012年4月 四軒道ギャラリー(名古屋市)
2013年4月 画廊若林(名古屋市)
2013年12月 納屋橋komore(名古屋市)
2014年5月 納屋橋komore(名古屋市)
2015年10月 小国神社展示室(静岡県)
2018年5月 GARAGE kagurazaka(東京都新宿区)
2018年7月 越日文化交流フェスティバル(ベトナム)
2018年12月 ギャラリーTAJIRO 祇園京都(京都市)
2019年1月 宝島舎ムック本「人生好転! 龍の神様とつながる方法 」掲載
2019年3月 越日文化交流フェス&観世音寺祭(ベトナム)
2021年4月 土蔵ギャラリー土環舎(福井県越前町)
2024年6月 玉川高島屋アートサロン(東京都世田谷区)

龍緋庵(春鳴舎 越前工房)
聖域に守られし、創造の古民家

春鳴舎越前工房 外観

■ 二つの館、二つの魂

北陸の雄たる企業が築き上げ、今なお大切に守り続ける広大な保養地。
その聖域とも呼べる静寂の森に、時を超えて移築された二棟の古民家が佇んでいる。
一棟は、この地を拓いた創業者が、選ばれた賓客をもてなすための場。
400年を経たと言われる欅柱と国宝級鬼瓦が出迎える。

そしてもう一棟。
180年の刻(とき)を吸い込んだ山居。
それこそが、緋呂が主となった「龍緋庵」である。

土地は大いなる企業の懐に抱かれながら、建物という器の主権はアーティストにある。

この絶妙な距離感が、世俗と隔絶された創作の場を守っている。

■ 庭師と陶芸家、導かれた二人

所在地は、福井県越前町小曽原。
越前焼の故郷であり、土と炎を操る者たちが集う磁場を持つこの地への移住は、多くの「縁」が織りなした必然であった。

彼女の夫は、この広大な聖域の、そして企業の保有する緑を管理する「庭師」として迎え入れられた。
夫は外の自然(緑)を整え、妻は内の自然(土)を練る。
夫婦揃ってこの地に導かれたことは、神龍の加護というほかない。
「顕現ノ手」──そう呼ばれる彼女の二つ名は、こうした見えぬ導きを現実のものとしてきた証でもある。

■ 隠された守護龍画

還暦という新たな門出に際し、緋呂は工房の愛称を「龍緋庵」と改めた。
(※庭師である夫の屋号「春鳴舎」と共に、この地で新たな歴史を刻む)

かつて屋根裏納屋だった二階は、夫の手によって佇まいを変えた。
床を、壁を、張り直し、小上がりを設け、新しい壁面を拵えた。
越前で出会った仲間たちと共に塗り上げた漆喰の壁には、三方に「龍」が舞っている。

それは、移動することのできない、この空間と一体化した作品。
この庵へ自ら足を運び、その空気に触れた者だけが対面を許される守護神である。

53年間暮らした愛知からの移転は、奇跡的な経緯で現実となった。
そこには、数々の神龍の加護・導きがあってのことだった。
絵空事ではなく、空想でもなく、事実として語れる出来事。
長年にわたり数々経験してきたからこそ「顕現ノ手」という二つ名を受け入れたのだった。
この庵を拠点とするまでの鳥肌エピソードは、隠し部屋「龍窟」ページの中に異聞として記す。
興味のある方は、どうぞその目で確認を。

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